上田城で開催中の「上田城けやき並木紅葉まつり」に行ってきました!
これまでの記事
・〜その1 城内潜入まで〜
真田神社
上田城の城門をくぐると「真田神社」がありました。
結構、賑わってますね。
私もお参りしていきます。
こんなオブジェ?もありました。
真田幸村のカブトでしょうか。
神社の奥に続く道があるので、行ってみることに。
これはなんだ?
「真田井戸」というそうです。
ここに抜け道があったんですね。
実際のところはわかりませんが、こういうのがあってもおかしくないですよね。
さらにその奥には、県宝の「西櫓」があり、ここからの眺めはよかった。
見下ろした所にある公園にも何やら人がたくさん集まっていますね。
あちらの方でも催し物をやっているようです。
上田城 東虎口櫓門へ
「真田井戸」を引き返し、「真田神社」を後にします。
紅葉がキレイですねぇ〜
公園の入り口の城門は、上が資料館のようになっているようなので、行ってみることにしました。
正確には城門じゃなくて、「上田城東虎口櫓門 (ろもん)」というそうです。
なお、そこに行くには入場料が必要になります (大人 250円、同チケットで上田城内の博物館、山本鼎記念館に入れる)。
櫓門の中へ
狭い階段を登って、櫓門の中へ。
受付のおじさんにチケットを見せて入っていきます。
残念ながら写真をあまり撮ってこなかったので詳しくは紹介できません (^^;
まあ、上田城の歴史をサラッと味わえますってことで。
上田城 歴代城主
上田城の城主は真田氏だけじゃないのです。
真田昌幸と幸村は、徳川軍が関が原の合戦で勝利したあと、追い出されたんですよね。
上田城で関が原の合戦に向かう徳川軍を、38,000人 対 2,500人の劣勢にも関わらず見事に足止めしちゃったので、家康は激怒したそうです。
2人が追い出されたあと、幸村の兄の信之は徳川側についていたため、その城主になっています。
家康にしても、「もともと真田家のものなんだから、お前が城主だ」と言って信之に任せたというのだから、いい親分ですね。
まあ、合戦の後、上田城は破壊されたので廃城になっていたそうですが。
それから上田市のお隣、小諸市の小諸城主だった仙谷氏が城主になり、その後松平氏に。
真田氏略系図
左下の家紋を見ていると、一番右の「結び雁金」なんて、サマーウォーズの陣内ばあちゃん家の家紋そっくり。
真田氏の家紋って、六文銭以外にもあるんですね。
火縄銃?
火縄銃の模型。
コレを手にとって、下に向けて構えて遊ぶようです。
なお、火縄銃はもう1箇所ありました (人がいたので写真撮れなかった)
そんな風にして、上田城の歴史をちょっとずつ学びながら、櫓門を後にしたのでした。
櫓門を出て下を見ると、下の公園もどんどん出店の準備が進んでいるようです。
今日は、何を食べようかなぁ。
つづく。
・「上田城けやき並木紅葉まつり」に行ってきた!〜その3 紅葉めぐり、博物館めぐり〜
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