しまなみ海道が通る愛媛県最大の島「大三島」で過ごすGW (実家帰省)

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GWの長期連休を利用して、一家揃って愛媛県にある私の実家に帰省しています。

実家に帰省していると、ふと昔ここに住んでいたころのことを思い出します。

島の海水浴場から見た景色。遠くに見えるのは多々羅大橋

愛媛県最大の島「大三島」で高校時代まで過ごす

私の実家は瀬戸内海にある愛媛県最大の島「大三島」にあって、大学への進学で上京するまでずっとこの島で暮らしていました。

中学までは島の中にある学校に通ってましたが、高校からは愛媛本土?にある今治西高という高校に通ってました。

甲子園を見るのが好きな人なら、聞いたことがある学校かもしれません (私が在学中も甲子園に出場していて、応援にいきました)。

今ではしまなみ海道という、いくつかの島々がいくつかの橋で結ばれていて、車があれば広島県は尾道市から、愛媛県の今治市まで往来できるようになっていますが、私が高校に通っていたころはまだすべての橋が完成していなくて、なんと船で通学していました。

満月に照らされるしまなみ海道 多々羅大橋

ちなみに、しまなみ海道は私が高校を卒業したあとに全線完成しており、今年で開通20周年だそうです。

私も年をとったなーと思います (苦笑

そんな船通学をしていたこともあって、朝6時過ぎに家を出ないと遅刻が確定するというなかなかハードな環境でした。

それでも高校は皆勤賞で卒業しました。よくあの状況で無遅刻無欠席を続けたものです。

早朝の景色。遠くに多々羅大橋が見える

今でこそ島の中はコンビニができていたりしますが、当時はそんなものありませんでした。

信号は島の中に1ヶ所しかありませんでした (今は3ヶ所あります)。

本屋も1つしかなかったし、スーパーと言えば農協だし、GWや年末年始なんてお店は閉まってしまうので事前に買い出し必須だったと記憶しています。

小中学生時代は、本やらゲームやらの買い出しをするために船に乗って広島県の三原市や、そこから電車に乗って福山市まで出かけていました。

海で遊ぶ息子

なお、島のサイズとしては東京の山手線の内側よりは広いです (全周60kmくらいだったかな)。

そういう環境で育ってきたので、どれだけ都内は過密なんだろうと思いますね。

私からすれば、半径5km以内に信号が2つ以上あるなんて都会です (笑

大三島最大の観光地は「大山祇神社」

島の中で一番有名なのは、大山祇神社という神社です。

大山祇神社の門

天照大神の兄神さまであるオオヤマヅミの神が祀られていて、国内の山の神様の総元締めみたいな神様です。

それでいて海の神で、戦の神で、酒の神で、豊穣の神でと、なんでもありですね。

国宝の源頼朝の鎧が奉納されているなど、国宝や国の重要文化財に指定されている甲冑類の8割はこの島にあるほどで、中世代ではメチャクチャ信仰の厚い神社だったようです (今でももちろん信仰の厚い神社です)。

神社の宝物殿に行くと、歴史の教科書で見るような○○天皇とか平の某やら源の某のような人が奉納したものがゴロゴロしています。

おかげで「国宝の島」とかいう呼称をされることもあります。

なお、オオヤマヅミの神は天皇直系の祖先にあたることもあって (玄孫?が神武天皇)、皇太子さまがお参りに来たり、昭和天皇がお参りに来たりと、天皇家ともつながりが強いようです。

神社の敷地内には斎田という田があり、収穫の際には無形民俗文化財に指定されている「ひとり相撲」というのが行われます (五穀豊穣を願って稲の精霊と相撲を取る、という趣旨のものです。必ず負けます=稲の精霊が勝ちます)。

大山祇神社にある斎田

ちなみに、私たちはこの大山祇神社で結婚式を挙げました。

そんな感じで、いろいろご縁を感じていて、我が家の守り神だと勝手に決めています。

帰省したときは必ずお参りに行く場所です。

大山祇神社

おわりに

前に帰省したのが確か夏ごろだったので、実に1年ぶりくらいの帰省になります。

いつも帰省したからって何をする感じでもなく、今回もゆったりのんびりな島時間を過ごしています。

平成最後の日々は、そんな風に過ぎていきそうです。

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